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【北海道 馬の仕事がしたい】現役ホースマンだからこそわかること!馬を扱う技術と経験の差について。

馬券オヤジ

今のレースは騎手の差だな!やっぱり外国人ジョッキーだ!

馬券オヤジ

また外国人ジョッキーだ!やられた~。

と言う、台詞を、競馬場や、場外馬券場に行くと、頻繁に耳にすることがないでしょうか?

数年前は、こんな台詞が、あちらこちらで必ず誰かが口にしていたと思います。

今でこそ、コロナ禍の影響で、外国人ジョッキーが来日しなくなり、日本人ジョッキー同士が凌ぎを削る素晴らしいレースが見られるようになりましたが、O.ペリエやJ.モレイラ、R.ムーア、L.デットーリ、O.マーフィー、D.レーン、C.デムーロ、等々、数を挙げればキリがないほどの、各国のトップジョッキーが来日し、日本人ジョッキー不遇の時代が長くありました。

ある意味、コロナ禍の恩恵を受けているのは、競馬会の日本人ジョッキー達なのかもしれません。

ところで何故にこうして、ジョッキーの、上手い下手という論評が盛んにおこなわれるのか?

どこをどう見て、上手い下手の判断をするのかというところに、馬券を購入する各人の騎手に対する考え方が、より現れるという一面はありますよね。

本当に騎手の違いで、馬は変わるのか?

ここからは僕の個人的見解が多く含まれるのでご了承下さい。

ハッキリ言って、騎手が変われば、馬の動きや走りは明らかに変化します。間違いないでしょう。

若手騎手と、ベテラン騎手の一番の違いはなんでしょうか?

単に技術力の違いと簡単に片付けてしまっていいのでしょうか。

それとも馬質が違うから、走って当たり前だという意見もあるでしょう。

本当に技術力のある騎手というのは、失敗が少ない。総じて、常にどの馬でも、馬のパフォーマンスを発揮させる技術を持っています。この特徴こそが、トップジョッキーの技術だと思ってます。

トップジョッキーの、下に位置する騎手。呼び名を付けるとしたら、将来のトップジョッキー候補。としときましょうか。ハマった時は馬の能力を全開に引き出すが、ハマらないときは、上手くいかない。という特徴があるでしょうか。

その違いはなんでしょうか?

ズバリ経験に裏打ちされた技術力の差だと思っています。

馬の仕事というのは経験が非常に活きる職業です。経験は何よりの財産なのです。やった人、経験したことのある人にしかわからないことが数多くあります。

例えば、旗から見たときにですね、

自分が、乗ったときは、馬が悪さするのに、違う人が乗ったら、なんにも悪さしない、大人しい馬。

に見えるんです。素人が見るとですね。なにも知らない人が見るとただ単純にそう見えます。そしていざ自分がやってみたら、全然大人しくないじゃないか!等という事象が頻繁に起こるのが馬の世界の仕事です。

こういう事象は、どの仕事、職種でもあることではないでしょうか?

その違いに、直面したときに、当人がどう思って、どの方向に向かうのか!が、馬の世界ではターニングポイントになります。

自分の技術が不足しているからこそ、上手く扱えないんだ。もっと上手くなりたい!

と思うのか。あるいは、

馬が暴れたり、勝手なことするのは、こういう馬だから仕方ない。自分は悪くない!

と思って、年齢だけを重ねて、ただ単に、後輩の数だけが増える、扱いづらい存在になるのか。

最終的に、決めるのは全て自分自身なんですよね。もちろん、他の人からの助言をきっかけに、自らの姿勢を見直して、向上していく人も多いと思います。でも最後は、己がどう思うか。が何よりも大事なのだと思っています。

馬乗りだけでなく、曳き運動というのを皆さんはご存知でしょうか。

わかりやすくいうと、馬の顔に付けている、もくしという馬具に、ロープを掛けて、馬を曳いて歩く運動のことです。(本当にわかりやすく言っているので経験者の方はご理解をお願い致します)

扱いが難しい馬ほど、如実に、曳き手の人間の技術力の差や意識の差で、馬の歩様や体の使わせ方、態度や様子が、大きく変わります。これは本当です。大違いです。ハッキリ言って素人が簡単に馬を触れると思われたら困ります。

僕は、そこに全てを賭けて仕事をしています。

だから、馬も何も触れたことのない人間が、SNS上で、文句ばかり垂れ流しているのを見ると、悲しい気持ちになりますね。

畑違いの仕事してる人があーだこーだと野次を飛ばすことは、僕が最も嫌いとする行動のひとつです。

というよりは、わからなくて当然だし、やっぱり旗から見るのと実際におこなっている人とのギャップが違いすぎる。というのはよく感じますね。

一度身に付けた技術というのは、なかなかなくならないんですよね。身に付いてしまったものは身に染み付いてなくならないんです。ただ、それを身に付けるまでが非常に困難な道のりだと思います。

そして、その身に付けた技術を安定的に発揮し続けることは、更に難しいことです。

いつどんな時にでも、その技術を発揮することは本当の熟練にならないと出来ないものです。

例えば、初めて扱う馬をどのように扱うか。経験と技術があれば、ある程度は、対応できるのですが、まだ未熟な人の場合だと、どうして良いかわからず、人の迷いが馬に伝わり、馬も人も何がしたいのかわからなくなる。という状況が起こり得ます。

馬というのは、あの大きなつぶらな瞳の中に、『人を見定める目』というのを持ち合わせています。自分をどう扱うのか?というのを常に見ています。そして、そのお眼鏡にかなった人間には素直に従い、そうでない人間には、好き勝手に振る舞い手こずらせる。ということもよくあるのです。

『馬が、態度で示すことは、その馬を扱う人間が示した結果であり、全ては馬が正しいのです。』

僕が大切にしている言葉です。

この事は、万事共通、仕事にも通じますし、人間そのものにも通じる言葉ではないでしょうか。子育てにも共通することでもあると思いますよ僕は。

このように馬の世界で学ぶことは、人生そのものを学んでいることになるのです。

数々のことを、馬に教えてもらって僕は生きてきました。それはこれからも変わらないかもしれませんし、変わるかもわかりませんが、毎日が勉強の馬の世界というのは魅力で溢れている世界なのです!

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