ぼくが競馬に興味を持ち出した頃。
まだ12歳だったぼくは、
そう思わせてくれたのが、タイキシャトルでした。
そんなタイキシャトルについて今一度振り返ってみようと思います。
年齢表記は現在のものとしています。
目次
デビューは遅く、3歳の4月。そして怒涛の3連勝
タイキシャトルのデビュー戦は遅かったです。
現在の年齢表記に従うと、3歳の4月の未勝利戦、東京ダート1600mで初戦を迎えることになるタイキシャトル。
世界の岡部幸雄を鞍上に、危なげなく4馬身差の圧勝で初陣を飾りました。
道中好位追走から経験馬相手に初出走ながらの見事な圧勝劇でした。
その後、ダートの500万条件、芝のO P菖蒲Sと3連勝を決め込みます。
その背中には、名手岡部の姿がありました。
初重賞はダートのユニコーンS。
その後、7月の阪神で行われた芝1400mの菩提樹Sでは、伏兵の快速牝馬テンザンストームに逃げ切りを許してしまいます。
ここで連勝が途切れたわけですが、ここで3ヶ月ほど一息入れて、次に出走したのがダートのユニコーンS。デビューから2連勝したダートレースに矛先を向けると、危なげなく2馬身半の勝利。同じく外国産の大物、ワシントンカラーを寄せ付けない強さでした。
スワンステークスで古馬と初対戦も横綱相撲で完勝
そして再び芝の重賞に挑戦するタイキシャトル。
舞台は、初の古馬との対戦になるスワンS。
メンバーは豪華メンバーでした。
1番人気は昨年の同レース覇者の武豊鞍上スギノハヤカゼ。
昨年の2歳王者マイネルマックス。
田原成貴鞍上の昨年のチャンピオンスプリンター、フラワーパーク。
常にスプリント路線の一級戦をひた走るG1馬ヒシアケボノ。
日本レコードを保持していた、超速快速牝馬エイシンバーリン。
そして忘れてはならないのが同年高松宮杯でスプリントG1制覇を果たしたシンコウキング。その鞍上には、前走までタイキシャトルの手綱を取っていた岡部幸雄。
岡部騎手がシンコウキングの手綱を取ることにより、タイキシャトルの鞍上にはまだ三十路手前の若き日の横山典弘。当時はサクラローレルなどの名馬との出会いで一気に大ブレークし、ノリに乗ってる男だった。
そんな強豪相手にどんなレースをするのだろうと、ぼくは3時からの競馬中継をドキドキワクワクしながら見ていました。ちなみに当時12歳の小学6年生でした。
そしたら、これまた道中3、4番手追走からあっさり抜け出し完勝しました。
まだ競馬を見始めて一年たらずだったぼくはただ単に衝撃を受けました。
3歳なのに古馬に勝つことあるんだ。
絶対年上の馬の方が強いと思っていたぼくは、もうタイキシャトルの大ファンになってしまいました。
すごい強い馬がいる!しかも騎手は岡部!この馬は凄いんだ!競馬ってなんて面白いんだ!